東京医療センターの重大医療事故(7)からつづく
■■■東京医療センター産婦人科 主治医■■■
主治医に話を戻す。
≪≪≪解剖について≫≫≫
【東京医療センターのホームページ】には、
『死亡した患者の解剖をできる限り行って、治療内容の検証
を行い以後の治療に役立てていきたいが、現実には遺族が
遺体を傷つけられることに抵抗を感じて、なかなか実施率
を上げられない。』
と記されている。
現実には遺族である私が解剖を懇願したのに、いまさら解剖しても得られるものは何もありませんと、主治医は医療センターの方針に反して、自らの保身だけのために断固拒絶した。
【医療事故調査した弁護士の病理解剖についての見解】
「患者は、死後の解剖を希望しており、病院側も了解してい
た。」
「死後も、遺族から解剖希望がでたものの、死因は病死で明
らかと説明し、実施しなかったが、医師には、本人(遺族含
む)の求めがあった場合には、病理解剖を実施し、その結果
に基づいて死因を説明すべき診療契約に付随する義務を負
っていたと解される。」
「病理解剖の実施及び結果報告義務違反として、医師の対応
が不適切であったといえる可能性がある。」
「なお、診療契約は準委任契約として、当事者の死亡により
終了するが、診療契約の当事者が死亡した後の顛末報告義
務については、家族に対して報告すべき義務を負うとの裁
判例があるので、病理解剖の実施及び結果報告義務につい
て同様に考える余地がある。」
以上のように、主治医は遺族が解剖を求めた場合、解剖に応じる責務を負っている。主治医は解剖を拒絶した理由を、第三者が納得のいくよう明確に説明すべきである。
既に医学的に診断はついているとか、今さら解剖しても得られるものは何もありませんとか、私は解剖に興味も関心もありません、といった理由をあげれば自らのバカさ加減をさらけ出して世間の物笑いの種になって、主治医の医師としての評価を落とすだけだ。念のため言っておく。
■■■中野なおクリニック 院長 ■■■
■■■中野なおクリニック 訪問医■■■
再び、訪問診療の中野なおクリニックに話を移す。
2015年6月29日の葬儀のあと、7月4日になって、中野なおクリニックの院長が焼香に来宅。1年半に渡って月2回(約36回)の訪問診療を続けたアルバイトの訪問医は結局焼香に現れず。
院長はその場で、
『早く忘れたほうがいいですよ。』
と実に奇妙なことを言った。
これはなかなか意味深長な言葉である。
東京医療センター産婦人科での2年間の診察で、ずっと”卵巣癌の疑い”でclassⅢだったのが、5月8日の腹水穿刺後の5月20日に突如余命3カ月宣告を受け、急激に体調が悪化して6月22日に亡くなったことに納得できず、気持ちの整理がついていないのに、早く忘れてほしいと言わんばかりの言いぐさには釈然としないものを感じた。
訪問クリニック院長は医療センターでの腹水穿刺で内臓を損傷した事実を把握しながら、医師としての説明責任、告知義務を怠り、母にも私にもいっさい知らせず、傍観姿勢であったことを認識していたがゆえに、院長にとっては早く消し去りたい過去であったのだろう。
つまり、
『早く忘れたほうがいいですよ。』
ではなく、
『早く忘れてください。なかったことにしてください。』
ということであろう。
なぜ院長は内臓損傷のことを説明しなかったかといえば、中野なおクリニックは東京医療センターからも、患者を紹介してもらっている患者斡旋の依存関係にあるため、東京医療センターに弓を弾けば、いずれ自身に跳ね返ってくると考えたからであろう。
医療機関との依存関係にある訪問医療では、診療内容に対する健全なチェック機能が働かないということである。機能不全に陥っている訪問医療。
■■■東京医療センター産婦人科 科長■■■
慶応大学医学部卒
産婦人科科長
≪≪≪病院に事故調査依頼≫≫≫
2015年6月22日に母が亡くなってからの一月余、死因と思い込まされていた『卵巣癌』について、頭では分かっていたつもりでも、気持ちの上ではなにか釈然とせず違和感を感じていた。
日々ぼんやりとあれこれ想いをめぐらしていたが、7月25日になってやっと、死因は『卵巣癌』ではなく、『腹水の全量抜き』とするのが、合理的で辻褄が合うと考えるに至った。
2015年9月28日、東京医療センターの企画課員に私がまとめた『病気の経過』を渡して調査を依頼。
企画課員は、現在全国国立病院長会議で、医療センターの上層部が北海道に出張中なので、帰京しだい『事故調査委員会を立ち上げて調査』すると返答した。
2015年12月15日、待てと暮らせど一向に連絡が来ないので電話してみたが、企画課員は居留守を使い、雲隠れして出ず。翌日まで何度も電話して、やっと夕方になって電話を受けた。
私の問い掛けに、
『主治医に問い合わせたところ、治療は適切に行われており、
何も問題は無かったということだったので、自らの判断で
事故調査委員会を立ち上げなかった。』
と企画課員が返答。
私が質問を続けようとしても、こちらの話を聞こうともしないで、何やら一方的に大声でがなり立てたあげく、話が終わってもいないのに、『失礼しま~す』と言って、一方的に企画課員は電話を切ってしまった。
主治医に問い合わせただけで、医療事故調査は必要ないと最終判断するなど、あり得ないことである。
医療事故でないと判断したのであれば、なぜ2月半もの間放置して連絡してこなかったのか。無責任極まりない言語道断な対応であった。
事故調査委員会を立ち上げるといった重大な事項を、一介の企画課員が独断で取りやめることができるのか。東京医療センターとしての判断と解するのが妥当であろう。
医療事故でなければ、事故調査をしたが医療過誤は認められなかったといって、さっさと連絡してくれば済むことなのに、現実に医療過誤があったがために対応に苦慮して、ずるずると2月半もの間放置していたようだ。
企画課員が私への連絡をためらって、納得のいく理由もなく2月半も放置していたことで、東京医療センターは医療事故の存在を事実上認めたことになる。
東京医療センターは医師も事務員も、一体どこまでいい加減な組織なのかと憤慨しつつ、こんな病院を相手にしていても埒が明かないと考え、警察に相談することにした。
2016年1月7日、東京医療センターを所管する警視庁碑文谷警察署に告訴状を提出したが、解剖所見がないとの理由で告訴状は受理されなかった。
狡猾な主治医が刑事被告人になるのを恐れて、解剖を断固として拒絶したのが、ここで効いた。
警察の計らいと力添えで母の治療内容について、産婦人科の科長と主治医から説明を聞くことができた。
2016年1月21日に、母の治療内容について、東京医療センター産婦人科の科長と主治医から説明を受けたので内容を紹介する。科長と主治医の説明は『』で表示。
≪≪≪科長の公式見解≫≫≫
『余命3カ月宣告は、卵巣癌がかなり進行していたから。
過去の診察から総合的に診断した。腹水抜きは関係な
い。』
『余命1年、半年を飛ばしての突然の3カ月宣告ではない。
2年前の初診時から癌はかなり進行していて、余命とい
う表現こそ使わなかったが、癌の進行状況を随時説明し
ていた。』
2013年6月11日の主治医のインフォームド・コンセントには、『卵巣癌と診断が確定した訳ではない』、『卵巣癌の診断は手術で摘出したものを病理組織診断することで診断となる』と明記されている。母は亡くなるまで一度も手術を受けていない。
卵巣癌と診断されたわけではないのに、科長は『卵巣癌であると虚偽の説明』をしている。根拠薄弱で欺瞞に満ちた対応である。
主治医のカルテでは、初診時からの2年間classⅢのままで、余命3カ月というほどに、”卵巣癌の疑い”が悪化していたとは一言も書かれてない。2014年11月26日には、『癌(卵巣癌の疑い)が縮小しており、癌(卵巣癌の疑い)の心配がなくなってきた。』と母は主治医から言われている。
主治医のカルテをしっかりと読み込んで、総合的診断の根拠となる事象を具体的にあげてもらいたい。具体的な根拠も挙げずに、総合的に診断とは負い目のある、ずる賢い人間が言い逃れの際によく使う言葉であることをご存じか、科長。
本稿『東京医療センターの重大医療事故』(3)~(6)に2014年8月から2015年5月の主治医のすべてのカルテのコピーを添付してあるので、よく読み込んだうえで、『過去の診察から総合的に診断した』と『癌の進行を随時説明』の根拠となる記述を具体的に挙げてほしい。
具体的に挙げることができなければ、遺族に対して虚偽の説明で騙そうとした、医師としての明白な背任行為となろう。
そもそも、なんで”卵巣癌の疑い”での初めての余命宣告で『いきなり余命3カ月』になるのか。医学的合理性に欠ける説明である。
内臓損傷という医療事故を起こしてしまい、大慌てで卵巣癌にかこつけて余命3カ月宣告をして、つじつま合わせをしようとした『でっち上げ宣告』であろう。実際の余命は3カ月どころか、たったの1カ月であった。
『実際には余命1カ月しかなかったのは、正確に時期を予測す
ることはできないから。』
『2015年4月28日の腫瘍マーカー、血液検査から判断した
のではなく、過去の診察内容から総合的に判断して、相当
程度がんが進行していた。』
余命が実際には1カ月しかなかったのは内臓を損傷したからである。ただいくらなんでもいきなりの余命1カ月宣告は、現実的な診断として受け入れてもらえそうにないし、患者、家族に与える衝撃が大きすぎると考え、少しさばを読んで余命3カ月と言ってみただけで、本音としてはやはりせいぜい余命1カ月とみていたのであろう。
直近に測定した腫瘍マーカーや血液検査結果といった、医学的判断の根拠となる検査データを無視して、過去の診察内容から総合的に判断とは、実に身勝手で恣意的な判断で、決して医学的、科学的な根拠に基づく判断ではない。産婦人科の科長という自身の置かれた立場をよく考えて、無責任で根拠薄弱な説明は止めたほうがいい。
主治医の過去2年間の診察カルテからは、相当程度癌が進行していたという記述は見いだせない。科長は『バカの一つ覚え』で総合的などと言ってないで、ぜひカルテに基づいて医学的な根拠を明確にして丁寧な説明をしてもらいたい。
具体的かつ説得力のある根拠、事実に基づいた説明をしないで、総合的に診断したなどという『曖昧で抽象的』な表現をするのは、愚かで未熟な人間がよく使う『ゴマカシ論法』の典型である。
具体的な事実、根拠を積み上げたうえで、総合的という表現は使われるものだ。科長には具体的な裏付けとなるカルテ資料を明確に示してほしい。できないのであれば、単に軽々しくその場の思い付きで話したに過ぎないと世間では受け取られることになる。
『腹水抜きは、血液検査や点滴と同じでリスクはなく、家族
へのリスク説明や同意書も必要としない処置です。』
『点滴するのに、いちいち家族に説明して同意書をとります
か。』
『大量の腹水抜きに際し、事前に患者に説明する必要のある
リスク事項は無い。点滴と同じレベルである。』
『腹水抜きにリスクはないので、リスクの説明はしていな
い。腹水抜きはよく行われる処置で、特殊なものではな
い。』
科長が腹水抜きについて、看護師レベル以下の知識、認識しか持ち合わせていないとは意外で、これでは世間一般の人に嘲笑されるだけだろう。
『腹水抜きは、血液検査や点滴と同じでリスクはない』、とは驚くような奇説、珍説のバカげた説明である。本気かね。
要町病院腹水治療センター長の松崎圭祐医師は記事のなかで、腹水が2L未満の少ない状態での腹水穿刺は危険で、腹部膨満感の緩和効果も乏しく、かえってその後腹水抜きを繰り返すことになって、死期を早めることになると述べている。
2015年4月22日の主治医のカルテに、
『穿刺は肝臓・小腸近く、現時点での量ではリスクの方が恐
い』
と書いている。つまり腹水抜きはリスクがあるということである。
科長は主治医が研修を終えてまだ2年の未熟な医師だから、リスクを怖がっているとでも言いたいのだろうか。だったら研修医はもっと未熟だから、極めてリスクが高いということになろう。そんな研修医に腹水穿刺を任せたのは、とんでもなく高いリスクを犯したということになる。
『腹水抜きは家族へのリスク説明や同意書を必要としない処置である』と科長は大見えを切ったが、これは世紀の大嘘である。科長には遺族に対して誠実、真摯に説明、説得しようとする姿勢が感じられない。責任ある立場の人間の言うセリフではない。
『腹水を抜いてただ廃棄』するだけでは、『体力維持に必須のアルブミン(栄養分)』や『グロブリン(免疫関連物質)』等のタンパク質も腹水と一緒に抜き取られてしまうため、『急速に患者の体力が低下』して『全身状態が悪化』し、さらに腹水が溜まりやすくなるという悪循環を招き、『死期を早めるだけ』なので、腹水を抜いてただ捨ててはいけないというのが現代医療の常識であると、要町病院の松崎圭祐医師が書いている。
科長はこれでも家族へのリスク説明や同意書を必要としないと言えるのか。
『大量の腹水抜きに際し、事前に患者に説明する必要のあるリスク事項は無い』と科長は言っているが、母の1700mlは大量の腹水ではなく、内臓損傷の恐れのある極めてリスクの高い腹水量である。当然、患者、家族に事前にリスク事項の説明をすべきであった。
『点滴と腹水抜きを同列に扱っている』が、科長アンタ正気かいと言いたいね。これが東京医療センター産婦人科科長の言葉とは驚きである。こんな病院には恐ろしくてかかれない。
『腹水抜きはよく行われる処置』とあるが、それは腹水量にもよるだろう。母のように1700mlしかない腹水を抜くことは通常ありえない。ごまかしてけむに巻こうとする態度がアリアリで、誠意のかけらもないむなしい言葉。
科長の説明を受けて分かったのは、東京医療センター産婦人科では腹水は溜まったら抜けば良い。腹水を抜いても体調が悪化することはないのでリスク説明は必要なく、患者の腹水が溜まって腹部膨満感を訴えたら、気にしないでどんどん抜けという方針を取っているということだ。
これが東京医療センター産婦人科での腹水処理の実態であろう。なんとも空恐ろしい病院である。
科長は医者をバカにするなと言ったが、専門医が素人からバカにされるようなこと言うなということ。
『腹水はあちこちに分散して存在しているので、全部を抜き
取ることなどできません。』
あちこちに分散していることは間違いないが、それは本当に少しづつで大勢に影響のない量であろう。木を見て森を見ずのたぐいの説明である。虫眼鏡なんか覗いてないで、両目を大きく見開いて全体をよく見なさい。
ここで問題にしているのはメインの大きな腹水溜まりで、これが全部抜けたということは、実質的にほとんどすべての腹水が抜けたも同然であろう。誠意もなく詭弁を弄するだけの実に厄介な産婦人科科長である。
メインの腹水溜まりから腹水が全部抜けたということは、腹水溜まりのあった腹腔内のスペースがなくなって、テープで腹部に固定されていた穿刺針が必然的に内臓に突き刺さったということである。これは腹水が全部抜けたこととは比較にならないほど重大な事態である。
『腹水抜きは正常に処置されており、何も問題はなかっ
た。』
メインの腹水溜まりの腹水が全部抜けたことで内臓を損傷しているのに、なにが正常に処置されただね。科長は事の重大さがまったく理解できていない無能な人物である。これでよく東京医療センター産婦人科の科長が勤まるものだと驚かされる。
『急激に衰弱が進み、全身衰弱死したのは、腹水抜きとは関
係なく、末期癌の症状である。』
急激に衰弱が進み、全身衰弱死する程の”末期癌”であったというなら、科長よ、根拠となるカルテのデータを示しなさい。『事実のすり替え』を図った首謀者が誰かは知らないが、科長と主治医は腹水抜きに伴う『内臓損傷』を、都合よく『卵巣癌末期にすり替え』ているだけである。実に欺瞞と悪意に満ちた説明態度である。
『特異な死因でない通常死では解剖は一般にしない。今回の
事例でも解剖の必要はなかった。』
腹水穿刺前の4月28日には、主治医が血液検査結果も腫瘍マーカー値も問題ないと言っていたのに、5月8日の腹水穿刺後に急激に体調が悪化、衰弱して6月22日に死亡したのがなぜ通常死になるのか。正常な感覚が麻痺しているようだ。死因に疑問を持たない、というより持ちたくないだけだろう。
今回の事例では解剖の必要はなかったと科長は言っているが、医療事故を調査した弁護士の見解は、
『医師には、本人(遺族含む)の求めがあった場合には、病理
解剖を実施し、その結果に基づいて死因を説明すべき診療
契約に付随する義務を負っていた。』
である。私は解剖を強く要請したが、主治医が荒唐無稽でバカげた屁理屈を並べ立てて頑なに拒絶した。明白な解剖妨害であり、診療契約違反である。
『腹水抜きによる衰弱が死因であるということは、解剖から
は判断できない。』
腹水抜きに伴い内臓を損傷しているのだから、解剖すれば内臓損傷は一目瞭然である。主治医にとって不都合すぎる真実が白日の下に晒されることになり、刑事被告人になる可能性を考えると、恐ろしくてとても解剖なんかできなかったのであろう。主治医は臆病で卑劣な卑怯者である。
精神疾患を発症してうつ状態にあった研修医が、メインの腹水溜まりの腹水を全量流出させてしまったことで、内臓を損傷。主治医に厳しく𠮟責された研修医は耐えられなくなってまもなく過労自殺。それでも腹水穿刺に何も問題はなかったと言い張る気か。
素人相手なら病状を都合よく捏造して説明しても、簡単にごまかせると高を括っているようだ。驕り高ぶった傲慢で不遜な態度である。医師として誠実に誠意ある説明を遺族にしようという姿勢がまったく見られない。医師の説明責任、告知義務を放棄している。
重大な医療事故が起きているのに、東京医療センター産婦人科トップの科長が、この程度の認識レベルでしかないのだから、その下に連なる医局員については、主治医を含め、あとは推して知るべしということである。
この時点で私は、メインの腹水溜まりの腹水全量流出については認識していたが、内臓損傷に気づいたのは、ずっと後になってからなので、内臓損傷についての説明は求めていないが、内臓損傷があったという事実は動かない。
研修医の過労自殺も、この時点ではまだ報道されていないので、認識していなかった。
≪≪≪主治医の説明≫≫≫
『循環器科の処方薬メインテート(降圧薬)、シベノール(抗不
整脈薬)、エリキュース(抗凝固薬)すべての服用中止は、母
がお腹が辛いというので止めさせた。』
『緊急に腹水を抜いたのは、腹部が大きくなって苦しそうだ
ったので応じた。』
循環器科の処方薬3薬を2015年4月22日に止めた後、5月4日頃には母の体はかなり楽になっていた。腹水穿刺を急ぐ必要はなかった。循環器科医師の処方は副作用が強く、不適切であると分かって服薬中止したのだから、少しの間待っていれば状況の改善は十分に見込めたはずである。あまりに性急な決定であった。
腹水量(1700ml)が少ないと分かっていながら、腹水を抜いている。2L以下の腹水を抜いても、腹部膨満感の改善は見込めないばかりか、腹水を抜くことで体力を消耗して、死期を早めるだけだから、あえて腹水を抜く意味を見いだせない。実に不可解な処置である。主治医はとんでもなく未熟な医師だ。
『腹水抜きを決めて、連休明けに入院と急いだのは、母が是
非にというので応じた。前々から腹水抜きのプラス面の効
用は説明していた。』
母が是非にと言ったかどうかは、その場にいなかったので判断できないが、もしそのようなことを言ったとすれば、前々から相談していた元看護師長から、腹水抜きは安全で楽になる処置であると『たぶらかされ』ていたのであろう。
それでもまともな医師であれば、腹水抜きのリスクをしっかりと説明して思いとどまらせるべきであった。そうすれば母も思いとどまったはずである。
少ない腹水量での腹水抜きにメリットなど何もないはず。リスクの説明もまともにしないで、腹水を抜けば楽になるとプラス面の効用ばかり説明したのであれば、完璧に医師失格である。
主治医は、腹水を抜くと体力が低下して、全身状態が悪化し、死期を早めることになるという、基本的な事柄を理解していなかったのではないか。であれば実質的に医師にあらざる人物による医療行為であったも同然であろう。医師免許を保持しているからといって、医師としての基準を満たしているとは決していえない。
腹水を抜いたあと患者の体調がどうなるかも理解しないで、腹水穿刺をするなど到底まともな医療行為とは言えない、愚挙、暴挙である。こんなことが東京医療センターの医療現場で行われていることに誰も疑問を持たないのだろうか。
元看護師長が腹水抜きをいかに強引に迫ったとしても、腹水抜きを最終決定した責任者は主治医であることは厳然たる事実である。
『腹水を抜いたのに腹部が更に膨らんだのは、腹水は抜いて
もすぐに溜まるもので、いたちごっこになる。』
だったら抜いたことに何の意味もなく、いたちごっこを繰り返して、急速に寿命を縮めるだけの、極めつけの超愚策ではないか。治療に名を借りた悪質、不当な処置で『未必の故意』による医療行為である。
なんでそんなバカなことをしたのか。主治医として毅然として止めるべきであったろう。腹水抜きについての知識、理解、経験不足が強く疑われる。
腹水を抜いた次の日には、もうお腹が膨らんできた。腹水抜きは一体何だったのか。次の日にはお腹が膨らんできたのは、内臓損傷以外に原因は考えられない。腹水を抜けば、一時的ではあってもお腹は楽になるはずである。
腹水は抜いてもすぐに溜まり、いたちごっこになるというのは、内臓損傷の事実を覆い隠すためのきわめて悪質な詭弁である。虚偽の説明をして、ごまかそうとする態度は、医師にあるまじき振る舞いで、医師の倫理規範に反する到底容認できない卑劣な態度である。
『腹水を全部抜いてしまったと母に言った覚えはない。』
2015年5月13日の訪問医の診療レポートに全部抜いてしまったと記録されている。主治医は嘘をつくことになんの抵抗も感じないようだ。医師である以前に、一人の人間としての信用、信頼性に大きな疑問符がつく人物である。
2015年5月8日の研修医のカルテにも『700mlで流出が止まった』と書いてある。流出が止まったうえに、『(穿刺針の)向きや深さを変え、シリンジ(注射器の筒)で陰圧をかけるも引けず』と書いている。つまり、メインの腹水溜まりの腹水が全量流出してしまったということである。
『腹水を抜く前に家族に説明しなかった点については申し訳
なかったと思っています。』
今さらそんなこと言われても、どうにもなるものでない。東京医療センターでは腹水抜きに際して、事前に患者、家族にメリット、デメリット両面について説明して同意書を取らないようだ。東京医療センターは、同意書等の処置前手続きを取らないで、勝手に処置をするとんでもなくいい加減でデタラメな病院である。
以上が『東京医療センター(産婦人科科長、主治医)の公式見解』である。
最後に科長が、説明に納得がいかないのならカルテを入手して、自身で内容を確認してみてはどうですか、と勧めたので、2016年2月9日に600頁余のカルテを入手した。
カルテを入手したおかげで、貴重な情報を得ることができた。ただカルテは底意地悪く時間をさかのぼる形で出力されていたので、ひどく読みづらかった。
東京医療センターの重大医療事故(9)につづく